Time&Bouquetが協和精工で作られているワケ

ちょっと前置きが長くなってしまいますが、お付き合いをよろしくお願いします。

Time&Bouquetをつくっている協和精工という会社は、1963年に創業しました。
現在の最高顧問相談役の鈴木耕一は秋田県羽後町に生を受け、中学校卒業後、集団就職で上京しドリルを製造する町工場へ。
その後耕一は独立し、ドリルメーカーとして協和精工をスタートさせます。

この頃は日本国内に於ける時計製造が右肩上がりにその数量を伸ばし、隆盛をきわめていました。
協和精工の作るドリルは「安くて切れ味がよい」との評判を呼び、複数の腕時計メーカーで使われるようになります。

あるときあるメーカーから『リュウズの穴の精度が出ない』との相談を受けました。
腕時計のケース側面には、リュウズの一部を格納する“座ぐり”と呼ばれる穴と、リュウズとムーブを繋ぐための穴と、中心位置は同じで大きさの異なる二つの穴があいています。
従来はこれを異なる二種類のドリルを使って二つの工程であけていましたが、協和精工はこれを一本のドリルで一工程であけられる「段付きドリル」を発明することにより加工精度の向上と工程の短縮というふたつのメリットをうみだすことに成功したのです。

この「段付きドリル」により、腕時計メーカーからの信頼が一気に高まり、やがて時計ケースそのものの加工を手伝ってくれないかとの相談も受けるようになりました。
都内の工場も手狭になり、人材を多く集めなければならないことから、耕一の故郷である秋田県に工場を建設することを決意しました。1973年のことでした。

以来、ドリル製造の傍ら、日本国内の名だたる腕時計メーカーのケースを製造するようになり、これを皮切りに腕時計の完成体も製造するようになります。

OEM(相手先ブランド製品製造)事業で数々の製品を量産するようになり、時計製造のノウハウや技術を蓄積。
新たな技術の開発や、特許を取得するような特殊な構造の時計の開発など、協和精工の技術力は右肩上がりにあがっていきました。

当初から多品種少量生産であったため、大規模なオートメーション化には踏み切らず、手作りによる製造を行っていましたが、それは今なお変わりません。
海外の協力工場などとのパイプも出来ているので場合によっては大量生産にも対応出来ますが、秋田の工場では手作業を貫いています。

Time&Bouquetは使う人に寄り添うブランドテーマを持っています。
このテーマを貫いた時計を製造するのに、手仕事を大切にしている協和精工の工場はうってつけだったのです。
しかも女性技術者の多い協和精工の工場は、Time&Bouquetを生み出したデザイナー小笠原氏の女性ならではの“想い”を汲み取って、氏が納得のいくまで開発のお手伝いをしました。

「この時計を手にとってくださるお客様のために」一切の妥協を排除し新しい技術の開発にも一生懸命取り組んだ結果が、この時計を身に着けてくださっておるお客様の喜びとなっていることが協和精工の工場で働く技術者たちの喜びになっています。

彼女らは今日も心を込めてTime&Bouquetを作っています。

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